富岡 宣永(とみおか のぶなが、1870年3月9日(明治3年2月8日) - 1949年(昭和24年)12月26日)は、日本の神職。富岡八幡宮宮司(第17代)。旧姓・

経歴

香川県仲多度郡象郷村の森粂八の三男。少時、郷里の私立中学明道校に学ぶ。1887年に上京して皇典講究所に入り、1892年に優等で卒業する。群馬県皇典講究分所教授に任ぜられ、傍ら県立中学教師となるが、1年在職して帰京する。日々図書館に入り、独学独習する。和漢の文学に通じる。

日清戦争に予備として召集され、広島輜重兵大隊に入る。凱旋すると、東京深川富岡八幡宮宮司・富岡有永の養子となり、社司に補せられ、養父の業を継ぐ。皇典講究所評議員となり、東京府神職会副会長に推され、奏任の待遇を受く。1949年に死去。叙従六位。

人物

趣味の人である。和漢英学を兼ねて、特に文学を好む。嗜好は謡曲、書道及び挿花。国学院々友会水穂会各会員である。住所は東京市深川区富岡町一丁目(現・東京都江東区富岡)。

家族・親族

富岡家
  • 養父:富岡有永(1838年 - 1895年)。富岡八幡宮第16代宮司。
  • 妻:トヨ子(1877年 - ?)
  • 長女:好子(1897年 - ?)。富岡盛彦の妻。
  • 次女
  • 三女
  • 養子:盛彦(1892年 - 1974年)。福岡県出身。沢渡敬吉の二男、富岡八幡宮第18代宮司。
    • 同長女:美枝(1923年 - ?)
    • 同長男:邦臣(1926年 - ?)
    • 同次男:興永(1928年 - 2012年)。出生名は宰一郎。富岡八幡宮第19代宮司。
    • 同次女:昌子(1931年 - ?)

脚注

注釈

出典

参考文献

  • 原田道寛編『大正名家録』二六社編纂局、1915年。
  • 帝国秘密探偵社編『大衆人事録 第14版 東京篇』帝国秘密探偵社、1942年。
  • 『肇国 10(7)』肇国神祇聯盟、1948年。
  • 『神道人名辞典 昭和30年版』神社新報社、1955年。
  • 東京探偵社編『東京紳士録 昭和39年版』東京探偵社、1964年。

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